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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)3522号 判決 1967年4月24日

原告

千々松清

石田奨

福西嘉夫

右三名訴訟代理人

小島成一

矢田部理

西村昭

被告

全日本空輸株式会社

右代表者

岡崎嘉平太

右訴訟代理人

松崎正躬

竹内桃太郎

渡辺修

主文

原告らが被告に対し労働契約上の権利を有することを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事   実<省略>

理由

第一会社が労調法八条一項一号に該当する公益事業たる定期航空運送事業を営むものであること、原告千々松が昭和三三年中、原告石田が昭和三六年七月、また原告福西が昭和三六年四月それぞれ会社に雇われたこと、組合が会社の従業員数、運航乗組員約二五〇名を除いた、その余の約一六〇〇名をもつて組織する労働組合であること、昭和三九年七月原告千々松が組合の中央執行委員長、原告石田が同副執行委員長、原告福西が同書記長にそれぞれ選出されたこと、組合が昭和四〇年の春斗にあたり、賃上げ、その他約二〇項目にわたる要求事項を会社に提示し、四月二六日まで会社と五回にわたる団体交渉を行つたが、妥結に至らなかつたので、同月二七日から原告主張の時期、方法、規模の本件全員スト、本件中斗指名スト及び本件支斗指名ストを実施したこと、原告らが組合三役として、これを企画、決定して実施したこと、ところが、会社が、これを理由として(但し、当時、本件中斗指名スト及び本件支斗指名ストの点まで問題にしたか否かについては争がある。)、四月二八日原告らに本件解雇をしたことは当事者間に争がない。

第二被告は本件ストをもつて違法、不当の争議行為であると主張するので、この点につき判断する。

一  労調法三七条違反の主張について

組合が本件ストに先立ち、四月一二日中労委及び労働大臣に争議行為の日時として「四月二三日午前〇時以降、本問題解決に至るまでの期間」、場所として「組合に所属する組合員の従事している全職場」、概要として「ストライキを含む一切の争議行為の一部または全部を単独にまたは併用して実施する」と記載した文書によつて争議行為を通知したこと、労働大臣が同月一九日付官報にその内容を公表したことは当事者間に争がない。

被告は右争議行為の通知をもつて当該争議行為によつて生ずべき業務阻害の態様を予見するに足る程度の具体的内容を具備しないから、労調法三七条の要件を著しく欠くものであると攻撃し、進んでは、本件ストをもつて、同条に違反する以上、重要な公序に反する行為であるから、対使用者関係でも違法であつて、労働組合法による免責を失つたものである旨を主張する。

考えてみると、労調法三七条一項が公益事業において争議行為をしようとする者に行政庁(労働大臣または知事)に対する事前通知を義務付けた趣旨は公衆を対象とする公益事業の運営が争議行為によつて阻害されるときは、公衆が迷惑、不便を受け、その日常生活に影響することが大きいことに鑑み、これを防止するため、予め当該争議行為を公表して公衆がその生活活動上、被害回避策を講じることを期待しようとしたものであつて、この点については大方異議がない(なお、同条が労働委員会に対する通知をも要求している点からすれば、副次的には同様の見地から、争議行為自体を未然に防止するため、労働委員会による斡旋、調停等の機会を確保する目的もあるであろう。この点については、原、被告双方の見解が岐れるが、いずれにしても、以下に展開する本論には響かない。)。すなわち、同条が設けた予告制度は専ら、公益を保護しようとするものであつて、使用者ないし公益事業自体の利益を保護しようとしたものではない(この点は、また同条が公益事業を行う使用者の争議行為についても適用されることからも明らかである。)。したがつて、労働者が同条違反の争議行為を行つても、対使用者関係において当然には労働組合法による民事上の免責を失うものではなく、ただ同法三九条の規定により責任のある団体または個人が罰金の制裁を受けることがあるに止ると解するのが相当である。

被告は、かような争議行為が対使用者関係でも違法であることは公労法によつて禁止された争議行為につき正当性を論じる余地がないのと同様である旨を主張するが、労調法三七条は公労法一七条が争議権自体を制限したのと異り、争議行為の実施方法について一定の配慮をしたにすぎないものであるから、その違反の効果につき公労法一七条違反の場合と同日に論じ得ないことはいうまでもないところ、労調法三九条が罰金の制裁により争議行為の予告を強制したのは対公衆的配慮以外に合理的根拠を見出せないから、これに違反する争議行為を単に刑罰法規に触れるという一事で、対使用者関係においてまで違法視すべきいわれはないのである。

そうだとすれば、本件ストについてなされた事前通知が労調法三七条の要求に合致するものであるか否かまで、せんさくしなくても、本件ストが同条違反の故に対使用者関係で違法であるとする被告の主張はそれ自体、理由がない。

二  争議権の濫用の主張について

組合が四月二七日午前〇時から中央斗争委員一二名による本件中斗指名スト及び支部斗争委員一四名による本件支斗指名ストに入り、後者を同日午後一二時まで、前者を、越えて同月三〇日午後一二時まで実施し、その間に同月二七日午後一時から二時まで組合員全員による本件全員ストを実施したことは前記認定のとおりであるところ、このように実施された本件ストに先立ち、組合が同月一四日会社に対し「争議行為の実施について」と題する同日付書面をもつて「紛争が解決しないときは、ストライキを含む争議行為をする」旨を予告したことは当事者間に争がなく、<証拠>によれば、右書面には争議行為の日時として「四月二二日以降妥結に至るまでの期間」と記されていたことが認められ、また組合が同月一九日会社に対し「争議行為の実施について」と題する翌二〇日到達の書面をもつて実施日時を特定した本件全員ストの指令の趣旨並びに同月二六日午前〇時以降、中央斗争委員及び数名の支部斗争委員等を適宜指名ストに参加させる旨を通知したことは当事者間に争がなく、さらに<証拠>によれば、組合は同月二六日午後一〇時頃団体交渉の席上、会社に対し参加者及び開始、終了時刻を特定して本件全員スト及び本件中斗指名ストの実施を通告したこと、なお組合は本件支斗指名ストに突入後の翌二七日午前九時頃会社に対し電話をもつて、その実施を通告したことが認められる。

被告は組合が会社に対する争議通告を右程度に止めながら右態様によつて行つた本件ストをもつて、会社が公益事業の担当者として負担する公衆の損害避止という社会的義務を根本的に否定し、また会社の事業存立の基盤たる確実な運送に対する公衆の信頼性を積極的に破壊しようとする暴挙であつて、争議権の濫用にあたる旨を主張する。

なるほど、会社が定期航空運送という公益事業を営むが故に、右事業の運営上、公衆に生じ得べき損害を避止する社会的義務を負担し、また旅客の確実な運送に対する公衆の信頼性を事業存立の基盤とし、ことに後記のような事業の特殊性から他の交通機関以上に高度の信頼性を要求されるものであることはみやすいところであり、会社の営む定期航空便が全国に誇り、また幹線航空路を除いては殆んど併行便がなく、一方、年々激増する飛行機利用者が他の交通機関におけるより、はるかに緊急、重要な用務を帯び、しかも常に塔乗予約をし、普通には全旅程を予定して長距離間の往来に利用している実情にあること、それだけに突然その利用を阻止された場合、公衆の蒙る損害が深刻で、特に単行路線において、その被害が回復し得ないものとなる虞があること、したがつて、組合がストライキを行う場合、会社が利用者公衆の損害避止のため個別に予約客に連絡し、その希望する代替的交通、宿泊の便を確保する措置を講じなければならないのを必定とし、またストライキの態様如何では、できる限り運航を確保するため諸般の事情を考慮して若干の欠航便を決定せざるを得ないことも起り得るが、かような各種の対策に少くとも一週間の日時と尋常でない労力とを必要とするものであることは当事者間に争がない。

しかしながら、いかに公益事業における争議であつても、争議行為が本来的には使用者の業務運営に阻害を起すものである以上、これにより使用者の業務上、支障混乱を来すのは、やむを得ないところであり、また、その結果、生ずべき一般公衆の損害については前記のように労調法三七条、三九条が争議行為の行政機関に対する予告を強制することによつて、その防止策を講じただけで、法はそれ以上の介入を好まないのであるから、公衆に及ぼす損害の点ひいては使用者に余儀なくされる対応策の点を重視して、争議行為に労調法の要求する限度を超える制約を与えるような法理を適用するのは妥当ではない(被告は企業の公益性が労働者にも平常時、争議時を問わず、公衆の損害避止という社会的義務を課する以上、公益事業における争議行為には自ら右に由来する正当性の限界があるというが、本文説示の趣旨と容れない限り、賛成することはできない。)。

もつとも、一般に、統一的な組織的活動としての争議行為全体からみて、その時期、方法、範囲さらには使用者に対する通知(労使間に事前通知の協定でもない限り、義務付けられたものでないが)を含めた態様において争議行為本来の目的を越えて、専ら使用者に対する加害を意図し、または企業の存立自体を危くするような争議行為は違法であるというべきであり、この点に関し、被告は組合が本件ストにつき、その実施の一〇日以上前に、その具体的方法を会社に通告したとしても、会社に、その業務停廃を回避する方策がないためストライキの目的を完全に達成されたであろうのに、会社の事業の特殊性を逆用して一般公衆に余計な迷惑、損害を強いることによつて生じる不必要な社内の混乱と社会的非難ないし信用失墜とをもつて会社に対する不公正な武器に悪用しようとし、かつ嫌がらせ的効果に実効性を求めて、殆んど抜打ち的に全員の時限ストライキを混えた波状的指名ストを実施したと攻撃するが、そのような非難は当らない。

すなわち、組合は本件ストに先立ち会社に対し少くとも前記の程度の通知をしたのであるから、組合のストライキによつて会社側に生ずべき前記のような想定上の事態を慮に入れても、会社としては右通知によつて一応、対策を準備するだけの時間的余裕がなかつたとは認めがたいし、本件ストが全員の時限ストライキを組入れ、その前後にわたつて時間的に一部重複した中央斗争委員及び支部斗争委員の指名ストライキの方法で行われたため、会社が現実に対策に窮したという具体的事実については、なんら主張、立証がない。しかも、組合は当時、被告自認のように会社と争議協定を結んでいないため、会社に対する争議行為の事前通知義務がなかつたのに、本件ストにつき進んで事前通知をしたのであるから、かえつて会社の利益のため相当の配慮までしたものというべきであつて、会社に対して加えられる無用の社会的非難を争議上、不公正な武器にしようとしたものとは、とうてい考えられない。また本件ストが右のような態様で行われたからとて、それだけで会社に対する単なる嫌がらせ的効果に実効性を求めたものとはいい得ないのである。

その他、本件ストを全体的にみても会社の存立の基盤たる確実運送に対する社会的信用を危くするような態様を呈したことを認むべき証拠はない。むしろ、弁論の全趣旨によれば、本件ストによつては、会社の定期便に欠航を生じなかつたことが認められ、また(証拠及び)弁論の全趣旨を総合すれば、本件スト直後の昭和四〇年五月においても会社の運営する各航空路線の旅客数、収入額は例年に比し増加しこそすれ、格別減少しなかつたことが認められるから、さかのぼつては、本件ストが会社の信用に殆んど影響するところはなかつたものとも推認されるのである。

してみれば、本件ストをもつて、争議権行使の正当な限界を逸脱するものであつて違法であるという被告の主張もまた採用することができない。

第三これを要するに、組合がなした本件ストを違法、不当であるとする被告の主張はすべて理由がないから、原告らが本件ストを(その全部をであるか、一部をであるかは格別、判断を左右しない。)企画、決定、実施したことを理由とする本件解雇は結局、正当な組合活動を理由としたことに帰着し、労働組合法七条一号の不当労働行為に該当する以上、公序に反し無効であつて、原告らは被告に対し、なお労働契約上の権利を有するものである。

よつて、その確認を求める原告らの本訴請求を、いずれも正当として認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。(駒田駿太郎 高山晨 田中康久)

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